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改正民法における安全配慮義務と実務への影響

2019/07/18

コラム

債権に関する民法が改正され、2020年4月1日に施行される。施行が近づいてきたので、多くの企業において、売買や請負・委託などの商行為における契約書の変更などの対応が必要となるが、労働者の安全配慮義務(労働契約法5条)についても意識しておかなければならない。過労死や労災事故をめぐる安全配慮義務については、特に債務者(使用者)の帰責事由と債権(損害賠償請求権)の消滅時効が問題となる。

 

債務者の帰責事由について

 安全配慮義務の立証責任について、債権者である従業員側は、具体的な安全配慮義務の存在と企業が安全配慮義務に違反した事実を立証しなければならないというのが最高裁判例である。これに対し、債務者である企業は、現行民法上、「債務者の責めに帰すべき事由」の不存在を基礎づける事実、すなわち企業側の故意または過失(管理職などの過失も含まれる)の不存在を立証するというのが通説的な解釈である。

 この点につき、改正民法415条1項は、「契約その他の債務の発生原因及び取引通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」と定めた。これにより、債務者の帰責事由の不存在を債務者が証明しなければならないことが明確となったが、これは通説的な解釈に沿ったものであるので、安全配慮義務においては、実務上、上記と同様の立証責任を労使双方が負うことに変更はない。

 留意すべきは、「債務者の責めに帰する」事由による安全配慮義務違反が、①債務の発生原因と②取引通念から判断されることになる点だ。前者については、就業規則や労働契約書などから安全配慮義務の内容が評価され、後者については、法令、行政機関の通達、裁判例、業界の動向などから安全配慮義務の違反が評価されることになると解される。

 帰責事由の判断要素から契約書への影響を見ると、就業規則を基本部分しか定められていない、また労働契約書は定型的な書式で済ませているというのであれば、改正民法に対応できないおそれがある。特に従業員個人との労働契約書については、採用時の事情や職務内容なども具体的に書き込むとの対策が考えられる。売買契約書などの商取引では契約の背景から書き込む必要が出てくるので、労働契約が例外というわけにはいかないだろう。

 労働契約締結の場面に限らず、メンタルヘルス不調により職場復帰支援プランを作成するという場合、就業上の措置を講じる必要性や今後の処遇などを決定書に具体的に書き込んでおくことが労働トラブルの予防に繋がる。

 

債権の消滅時効について

 現行民法は、消滅時効の期間について、権利を行使することができる時から10年間と定めているが、改正民法167条は、生命・身体の侵害による場合、①債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間、または②権利を行使することができる時から20年間と定めており、このいずれか早い時の経過により消滅時効が完成する。債務者が時効を主張すると、債権の消滅という効果が発生するのである。

 消滅時効の完成事由①について、現行民法よりも消滅時効期間が短くなったと単純に評価することはできない。売買契約であれば代金の支払日が定められているのが通常であり、債務者である買い主が約定期日に売買代金が支払われなければ、債権者である売り主は「権利を行使することができることを知った」といえるが、過労死が発生した日に、債務者である企業が任意に損害賠償金を支払わないのであれば、債権者である遺族が「権利を行使することができることを知った」とまでは認められないからである。

 この点につき、契約関係にない不法行為(例:交通事故)に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害および加害者を知った時を時効進行の起算点とするが、これは被害者が損害の発生を現実に認識し、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時と解するのが最高裁判例だ。過労死の事案において、従業員が死亡した日に、企業が任意に損害賠償金を支払わないのであれば、遺族が「損害及び加害者を知った」とまでは認められない可能性がある。そうすると、労働基準監督署長が労災認定の決定をしたときに損害および加害者を知ったと認められる場合があり、①についても同様に解釈することができる。

 現行民法では、「権利を行使することができる時」を過労死が発生した日とすればその日から10年間経過すると消滅時効が完成すると解されるが、改正民法のもとでは、過労死した日から5年間が経過した後に労災認定され、その時点で過労死による損害および加害者(法人だけでなく、経営者や管理職個人を含む)を知り、この時点が「権利を行使することができることを知った時」と評価されることになる。「権利を行使することができる時」から20年間が経過していないのであれば、消滅時効は完成しない。民法415条1項に基づく損害賠償義務については、改正民法が施行されると、現行民法の10年間より後に消滅時効が完成するケースが出てくるのだ。

 そこで、企業としては、長時間労働などの過重労働が明らかな事案はもちろんのこと、過重労働とは認められないけれども紛争が懸念されるという事案については、例えば労働時間に関する記録が3年、健康診断や面接指導の結果に関する記録が5年と保存期限を定めていても、期限を超えて記録を保存するかどうかを検討する必要が出てくることになろう。

 

執筆者プロフィール

弁護士 佐久間 大輔先生

労災・過労死事件を中心に、労働事件、一般民事事件を扱う。近年は、メンタルヘルス対策やハラスメント防止対策などの予防にも注力しており、社会保険労務士会の支部や自主研究会で講演の依頼を受けている。日本労働法学会・日本産業ストレス学会所属。著作は、「過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方」(労働開発研究会、2014年)、「長時間労働対策の実務 いま取り組むべき働き方改革へのアプローチ」(共著、労務行政、2017年)など多数。

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