自民党・高市早苗新総裁「ワークライフバランスを捨てる」発言が示す、雇用政策の本質
自民党・高市早苗新総裁「ワークライフバランスを捨てる」発言が示す、雇用政策の本質~ 働き方改革・人的資本経営、そして2027年の労基法改正への道筋
執筆者:産学連携団体 一般社団法人 iU組織研究機構 代表理事 社会保険労務士 松井勇策
自民党・高市早苗新総裁が就任会見で語った「ワークライフバランスを捨てる」という発言が、波紋を広げています。この背景には、中長期の雇用政策が目指している本質が十分に理解されていない現状があります。
本稿では、その発言の真意をひもときながら、労働時間制度・生産性向上策・人への投資との関係、そして2027年の労働基準法改正に至るまでの道筋を整理します。
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議論を呼んだ総裁就任の第一声
2025年10月4日、自民党総裁選で高市早苗氏が初の女性総裁として選出されました。その就任挨拶での第一声が、大きな議論を呼んでいます。
「私はもうワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いてまいります」
この発言に対し、「ワークライフバランスを推進してきた政策を否定するものだ」「過労死問題への無理解を示している」といった批判の声が上がりました。確かに、言葉だけを切り取れば、そのように受け取られても仕方ない面があるでしょう。
しかし、この議論を見ていて筆者が強く感じるのは、2017年の働き方改革から人的資本経営を経て、2027年の労基法改正に至る一連の雇用政策の目的への理解が、社会で十分に浸透していないという現実です。
生産性と価値向上を目指す政策の一貫性
「ワークライフバランス」とは「仕事を減らして私生活を充実させることだ」というイメージが広く持たれているようです。しかし、2017頃から本格化した一連の雇用政策には明確な一貫性があります。それは日本の働き方を量から質へ、時間から価値へと根本的に転換させるという政策目的です。
2017年の「働き方改革実行計画」の冒頭には、こう記されています。「日本経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革である」「働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段である」と。つまり、生産性向上と付加価値創造こそが本来の目的なのです。
では、なぜ長時間労働の是正が必要だったのか。それは過重な労働環境では、従業員一人ひとりが本当に価値ある仕事に集中できないからです。
働き方改革は、まず過重労働を是正して付加価値の高い仕事にフォーカスできる環境を整えることを目指しました。労働時間削減は手段であって目的ではなく、真の目的は一人ひとりがより真剣に、より価値の高い仕事に自律的に全力で取り組むことです。
人的資本経営と2027年労基法改正へ
この土台の上に展開されたのが人的資本経営です。画一的な人事慣行を見直して、人材戦略と事業戦略を統合することで、価値評価へのシフトと画一的な処遇から個別最適化された人材マネジメントへの移行が進められました。
そして今、変革の最終段階を迎えています。2027年に向けて検討されている労働基準法の大改正です。この改正は単なる法改正ではなく、2017年から続く一連の働き方変革政策の到達点だと捉えられます。従来の時間管理型労働から価値創造型労働へと法的枠組み自体を転換させます。
つまり、2017年の働き方改革で価値創造に集中できる土台を作り、2020年代の人的資本経営で戦略的な価値創造の仕組みを構築し、2027年の労基法改正で価値創造型の働き方を法的に確立する。この10年にわたる改革は、日本の働き方の価値の向上へ転換させるという一貫した目的のもとに進められてきたのだと捉えられます。
高市発言が照らし出したもの
今回の議論が紛糾した真因は「ワークライフバランス=仕事を減らすこと」という表層的な理解が広まっているからだと整理しています。中長期の雇用政策が目指す「より価値の高い仕事に真剣に取り組める環境づくり」という本質が理解されていないのだと思います。
こうした長期の雇用政策の本質を理解すると、高市総裁の発言が政策の方向性と全く矛盾していないことが分かります。発言の根底にある「仕事に対して真剣に全力で向き合い、価値を十分に発揮する」という姿勢は、まさにこの10年以上の雇用政策が一貫して目指してきたものです。
2027年の労基法改正をチャンスとして活用し、人的資本経営を発展させる
2027年の労基法改正まで、残された時間は1年強となっています。管理型の組織文化から自律型の組織文化への変革は一朝一夕には実現できません。2027年の改正を単なる法的対応ではなく、10年にわたる働き方の変革の完成に向けた戦略的取り組みとして主体的に推進していく必要があります。
【特別講座のご案内】10月17日(金)開催 2027年労基法大改正を見据えた人事労務戦略
本プログラムは、全国社会保険労務士会連合会の大槻哲也名誉会長をはじめ、組織人事領域の有識者およびHR系企業の事業責任者など多くの方々から後援・賛同をいただいている、松井勇策氏運営の非営利活動「労基法大改正 戦略コンソーシアム」(労働基準法改正に向けた理解の深化と社会への啓発を目的とするプロジェクト)の知見を全面的に活用して行われる講座です。
最新の人的資本経営の知見とワークを通じて、この大改正時代を自社の成長機会へと変えるための具体的手法を体得していただきます。
ご要望多数につき【振り返り配信付き】でご提供いたします。リアル参加をおすすめしておりますが、当日ご参加が難しい場合でも、振り返り配信により労基法改正に関する最新情報や実務対応のポイントをしっかりと学んでいただけます。
執筆
松井 勇策(まつい ゆうさく)氏
産学連携団体 一般社団法人 iU組織研究機構 代表理事 社会保険労務士
フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表
情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門領域/人的資本経営・経営人事実務・産業心理等)
東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議 議長・責任者
(人的資本の国際資格)GRIスタンダード修了認証 ISO30414 リードコンサルタント
社会保険労務士 組織人事コンサルタント 公認心理師
名古屋大学法学部卒業後、株式会社リクルートにて広報・組織人事コンサルティング、のち経営管理部門でメディア企画統括・法務・監査・ITマネジメント等に関わる。
東証一部(当時の名称)上場時には、上場監査や内部整備の事業部責任者を歴任。
2016年、社会保険労務士・公認心理師資格を取得し独立、フォレストコンサルティング経営人事フォーラム開設。
2020年以降、人的資本経営に関する国際・国内の情報を研究。人的資本に関するグローバル資格のGRIスタンダード国際認証・ISO 30414リードコンサルタント/アセッサーを取得。人的資本の導入支援を多数の企業で行っており、人的資本関係のセミナーは聴講者数延べ1,000名超。2023年、オンライン検定「人的資本経営検定®BASIC」を全面監修。